ハウステンボスをベビーカーで毎日お散歩。ワッセナー住人。生活自体が旅行中のような毎日なわけで。


by epsom
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三浦按針の家

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  平戸へ行ってみた。

  日本史の歴史の教科書にでてくるときは、「長崎・平戸」と書いてあるので、なんとなくイメージ的に「出島」と「平戸」ってとても近いような気がしていた。
  こんなに遠いとは。
  100キロくらい離れているんじゃないのかなあ。出島のあった長崎市と、平戸って。

  しかも、平戸って、離島、だよなあ。

  クルマでいくと、有料の橋を渡らなくてはならなかったのだけど、ってことはオカネを払わなければ、市外にでられないってことなのか?
  
  その「閉ざされている」風な感じが、旅情をかきたてられたりもする。

  中心部を歩いていると按針の館というのがある。
  オランダとの交易がはじまるきっかけとなる、漂着したオランダ船の航海長ウイリアム・アダムスこと、三浦按針。おお、ここはその家なのか~!!江戸時代の大きな梁、小さな庭の風情。いまは平戸市民の憩いの場となっているようで、碁盤が方々にある。

  こんなふうに歴史上の人物が住んでいた家を感じると、急に歴史が自分のなかに溶け込むような錯覚がある。
  うむ、この時代のオベンキョと観光を熱心なテーマのひとつにしよう。

  この錯覚のキョーレツな体験を思い出した。
  
  ちょうど、この南蛮貿易のころ。ポルトガルやスペインが日本にきたのはそもそもは、キリスト教の布教のため。で、最初に日本にきた宣教師といえば、そう、スペイン人のフランシスコ=ザビエル。鹿児島についた翌年には平戸にきて、熱心に布教開始した。

  ミッション系の中高に通っていたためかもしれないが、このあたりのキリスト教関係の歴史はしつこく習ったので、なんだかザビエルは重要な歴史上の人物という刷り込みがある。しかし後年、よもや、そんなことがあろうとは。


  そのザビエルに、会ったのだ。


  あ、別に怖い話とかではなく。
  
  いるんです。


  インドに。ザビエルのミイラが。


  しかも、ちっとも腐っていない。あれには本当にびっくりした。
  聖人ってホントにいるんだな、という敬虔な気持ちになるって、あれは!
  
  もとはポルトガル領だったインドのゴア。平戸のように教会も多い。
  そのなかの世界遺産に指定されたボム・ジェズ教会に、それはある。
  インド旅行はヒジョーに面白くて印象に残ることばかりだったが、そのなかでも特に驚いた。

  その後調べたところによると、ザビエルの右腕は切断され「聖腕」と呼ばれてローマに安置。その腕、日本にもきて、最近では1999年に九州を中心に巡回してたらしい。
 鹿児島では「ザビエルフェスタ」も開催されていた・・・・!!

 
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 行きたかった・・・・。
 
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by epsom | 2004-08-19 23:32 | 長崎・佐世保観光情報